196:お盆の起源
立秋を過ぎ、暦の上では秋となりました。早朝は暑さが和らぎ、涼しさを感じることもありますが、まだまだ暑い8月。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
前回のメルマガに続き、今回はお盆の話です。おさらいとして、お盆の起源は仏教の『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』にあるというお話をしましたね。
この経典は、釈迦の弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)が、亡くなった母親が餓鬼道で苦しんでいることを知り、釈迦に助言を求めた物語に基づいています。釈迦は、僧侶たちに供物を捧げることで母親を救うことができると教えました。この供養の行為が「盂蘭盆会」の始まりです。
日本には古くから「祖先の霊を供養する信仰」があり、仏教とともに伝来した盂蘭盆会の教えが融合しました。これが、現在の「お盆」という日本の新しい風習として発展したわけです。この融合した文化は平安時代から貴族の間で行われ、次第に庶民にも広がりました。
前回のメルマガから僕が伝えたかったのは、「僕たちは当たり前のことほど、その起源をよく知らないのではないか」ということです。夏になればお墓参りをする、実家に帰る—こうした行事を当たり前のようにしていますが、その起源をご存知の方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。
今一度、お盆の起源について考えてみましょう。「釈迦は、僧侶たちに供物を捧げることで母親を救うことができると教えた──」と聞くと、僕たちはお釈迦様フィルターを通して、「お釈迦様の言うことは間違いない」と納得するかもしれません。
そもそも、この釈迦に質問した目連尊者が、亡くなった母親が餓鬼道で苦しんでいることをどうやって知ったのかというと、前回お話しした「神通力」ですね。「お釈迦様、私の亡くなった母親が餓鬼道で苦しんでいるんです──」と。
現代の日本で暮らす僕たちが「神通力」と聞くと、「そんなことあるの?」と思ってしまうかもしれません。しかし、毎年当たり前のように行っているお盆という行事は、この「神通力」が物語の一部として起源になっているのです。
ということは、直接的ではなくとも、僕たちは無意識のうちに「神通力」の存在を肯定しているのかもしれません…という、なんともインド思想なお話でした。
仏教的な思想が根付いている僕たち日本人にとって、今も昔も親孝行と供養は非常に大切なもののようです。
Sahanaメルマガ vo.369(2024年8月)より