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慢性腰痛に効く“脳とヨガ”の関係とは?

記事作成日
2025年7月25日
腰が痛い…それも、その痛みが長く続く……。
そんな日々が続いていくと、「痛み」は単なる身体の信号ではなく、心の奥にまで影響を及ぼす存在になっていきます。まるで腰痛の影響で人生が変わっていくような気分になったご経験はありませんか。
今回ご紹介する論文「The Yoga Brain Connection」は、そんな慢性的な痛みを、僕たちの“脳”と“こころ”、そして“からだ”の三つの視点から紐解いていこうとする、とても興味深い内容になっています。
この論文が扱うテーマは、「なぜヨガが慢性腰痛に効くのか?」という問いです。ただしその答えは、筋肉や姿勢といった外側の話だけではなく、「脳がどう変わるか」という、ちょっとワクワクするような内側の変化に注目しています。
たとえば、痛みが長く続くと、脳はその痛みを“記憶”してしまうようになるといわれています。痛みが無くなったはずなのに、脳が「まだ痛い」と感じ続ける——そんな状態が起こりえるのです。こうした脳の“誤作動”を正すには、身体をただ治すだけでは不十分です。ここに、ヨガの出番があります。
ヨガの実践は、筋肉や骨格を整えるだけでなく、深い呼吸、瞑想、そして「今ここにいる自分を感じる」ことを通して、脳内の神経伝達やホルモン分泌にまで働きかけていきます。たとえば、GABAやエンドルフィン、メラトニンといった神経化学物質が増えると、痛みや不安の感覚が和らいでいくことが、研究でも示されつつあります。
さらに、この論文では「マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」や「統合的ヨガ療法(IAYT)」といった、現代的なヨガの応用形も取り上げられています。これらは、身体だけでなく“感情の反応”にもアプローチする点で、まさに現代人にこそ必要なセルフケア法だと感じます。
僕自身の実感としても、ヨガは「柔らかくなる」ためのものではなく、「自分にやさしくなる」ためのものだと思っています。その結果として、体がほぐれて、痛みがやわらいでいく。そんなプロセスの一歩一歩を、丁寧に扱ってくれるのが、この論文の魅力です。
痛みに悩んでいる人、あるいは治療やセラピーに関わっている人、そして“こころと身体のつながり”に関心のあるすべての方に、この論文をぜひ読んでいただきたいと思います。そこには、痛みを“敵”とせず、“対話の相手”に変えていくための知恵が、たくさん詰まっています。
下記、研究の要約まとめです。
The Yoga Brain Connection: A Neuroscientific Approach to Chronic Back Pain Management
1. Sharma R, Ghai B. The Yoga Brain Connection: A Neuroscientific Approach to Chronic Back Pain Management. Annals of Neurosciences. 2024;31(1):5-6. doi:10.1177/09727531241232243
【タイトル】
ヨガと脳のつながり:慢性腰痛に対する神経科学的アプローチ
【背景】
慢性腰痛は、世界的に見ても非常に多くの人が抱えている健康問題のひとつです。2017年の「世界疾病負担調査」によると、195カ国・354の疾患の中で、腰痛は「障害をもって生きる年数(YLDs)」に大きく寄与する上位4位以内に入るとされています。とくにインドでは、生涯のうちに約6割の人が腰痛を経験するとも報告されており、その深刻さが浮き彫りになっています。
【ヨガについて】
ヨガは約5,000年前にインドで発展した身体技法であり、単なる運動療法ではなく、精神・感情・意識といった内的世界と身体をつなぐ“意識の訓練”として伝えられてきました。近年は世界中で代替医療や補完療法として注目され、慢性疾患や精神疾患の治療補助としてその有効性が検討されています。
【ヨガと脳のつながりとは?】
私たちの感情や思考は、脳内の神経伝達物質やホルモンの分泌と密接に関わっています。ヨガの実践は、エンドルフィンやGABA、メラトニンといった神経化学物質の分泌を促し、ストレスの軽減や心身の回復力向上に寄与することが知られています。また、長期的なヨガの実践によって、脳の構造や機能そのものにポジティブな変化が現れる可能性があると報告されています。
【慢性痛について】
慢性的な痛みは、単に身体の問題ではなく、脳がどのように「痛み」を知覚・記憶・解釈するかというメカニズムと深く関係しています。慢性腰痛(CLBP)では、痛みが続くことで脳の構造や神経回路が変化し、痛みに過敏になったり、感情面にも影響を及ぼすことが明らかになってきました。実際に、慢性腰痛のある人の約4人に1人は抑うつ症状を訴えるとも言われています。
【ヨガと脳、慢性痛の関係性について】
ヨガは、心と身体を同時にケアするアプローチであり、その点で慢性痛の改善において非常に有効だと考えられています。ヨガの中でも、とくに「マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」や「統合的ヨガ療法(IAYT)」といった方法は、身体の緊張をゆるめながら、脳の痛みの処理機能を穏やかに再教育していく効果が期待されています。従来の医療では見過ごされがちだった“心身のつながり”を重視することで、慢性痛に対してより包括的なケアが可能になるのです。
【方法】
この論文自体は実験報告ではなく、既存の文献や研究、臨床試験を統合的に整理した編集論文(エディトリアル)です。さまざまなRCT(無作為化比較試験)やメタ分析、臨床ガイドラインなどの知見をふまえて、「神経科学×ヨガ×慢性腰痛」という切り口で論じられています。
【結果】
複数の研究により、ヨガはCLBP(慢性腰痛)に対して、痛みの軽減だけでなく、可動性の改善、筋力向上、ストレス低減といった複合的な効果をもたらすことが確認されています。また、瞑想や呼吸法を含むヨガ実践が神経系に作用し、情動調整や炎症反応の抑制に寄与するという報告もあります。こうした変化は単なる“対処療法”を超えて、身体と心の両面から痛みの根本にアプローチしていく可能性を示しています。
【考察】
従来の慢性腰痛治療は、主に「身体の異常」に焦点を当ててきましたが、それでは十分な効果が得られないケースも多く存在します。痛みというものが“脳の解釈”に左右される以上、身体だけでなく、感情や記憶、生活習慣や社会環境もふくめた「全体性の視点」が不可欠です。その点で、ヨガはまさに「自己と向き合う実践」であり、脳の痛み処理を調整するだけでなく、生き方そのものを見直すきっかけになり得ると考えられています。
【結論】
慢性腰痛のような複雑な疾患には、単なる医療的介入だけでなく、心と身体の統合的ケアが必要です。ヨガは、そうした“統合医療”の中でも特に有望な選択肢のひとつであり、神経科学的にもその効果が支持されつつあります。とくに、MBSRやIAYTのように心身両面に働きかける方法は、現代医学を補完するアプローチとして非常に有効であると、この論文は力強く示しています。
引用文献は下記よりご覧下さい.
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