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アーユルヴェーダの「dosha理論」を再検討する ― 仮説から実用へ

記事作成日
2025年9月18日
僕たちがヨガやアーユルヴェーダに触れるとき、必ずといっていいほど耳にするのが「ヴァータ」「ピッタ」「カパ」という言葉ですね。いわゆるトリドーシャ理論です。体質診断や生活アドバイスの場面で当たり前のように使われますが、実際には「これは科学的にどこまで正しいのか?」という問いが常についてまわります。
この論文は、その疑問に正面から向き合い、「トリドーシャをどう扱うべきか」を丁寧に再検討しているものです。著者は、三つのドーシャがまるで体内を循環する物質であるかのように語られる部分について、「それは古代の想像力の産物にすぎない」と指摘します。体の中を風や胆汁や痰が動き回っているわけではありません。けれども同時に、乾燥や熱、湿潤といった性質を「ドーシャ」としてまとめあげた直感的な診断法は、臨床現場で非常に役立つとも強調しています。
たとえば、体が乾いてやせ細っていく人を「ヴァータが増えている」と判断し、油分のある食事やマッサージで潤いを与える。このような経験則は、いまでも実際に効果をもたらします。しかし、その先に「見えない体内の通路をドーシャが塞いでいる」などの推測を積み重ねてしまうと、根拠のない仮説が膨らみ、かえって危険な判断を生む可能性があります。
つまり、トリドーシャには「使える部分」と「切り離すべき部分」があるということです。この論文が提案しているのは、「ドーシャを理論ではなくヒューリスティック(経験則的な直感の道具)」として再定義しよう、という視点です。ヒューリスティックとは「正しいかどうか保証はないけれど、とりあえず役立つ経験則」のこと。例えば僕たちが「夕方になると体温が上がるはずだ」と予想しても実際には違うことがあるように、直感には限界がある。しかし、その限界を理解したうえで経験則として活かせば、十分に役立つのです。
ヨガの実践においても、トリドーシャはヒントを与えてくれます。呼吸が乱れて落ち着かないときはヴァータが強いサインかもしれません。そのときは、ゆっくりと座って呼吸を整えることが助けになる。怒りや焦燥感が強いときはピッタが過剰かもしれません。そんなときは瞑想や夜(月灯りの下)の散歩が有効でしょう。動かずに停滞している感覚があればカパが優位になっているサインで、アーサナや動的な身体動作で流れをつくっていくことが大切です。
このように、ドーシャを「絶対的な生理学の理論」ではなく、「生活を観察するための地図」として見ると、安心して使える枠組みになります。論文もその点を強調していて、「古代の想像にすぎない部分は手放し、現代でも活きる経験則の部分を残そう」と呼びかけています。
この論文は、ヨガやアーユルヴェーダを真剣に学んでいる人にとって、トリドーシャをどう理解し、どう現代の生活や実践に結びつけていけばよいのか、その道しるべを与えてくれます。伝統を守りながらも、思考停止ではなく批判的に読み解いていく態度が大切だと気づかせてくれるのではないでしょうか。
下記、研究の要約まとめです。
Revisiting the tridosha paradigm of Ayurveda
KRISHNA, G L Revisiting the tridosha paradigm of Ayurveda.
Indian Journal of Medical Ethics, [S.l.], v. X, n. 3 (NS), p. 203, feb. 2025. ISSN 0975-5691.
Avaialble at: <https://ijme.in/articles/revisiting-the-tridosha-paradigm-of-ayurveda/>.
Date accessed: 18 Sep. 2025.
【タイトル】
アーユルヴェーダのトリドーシャ・パラダイムの再訪
【背景】
トリドーシャ理論(ヴァータ・ピッタ・カパ)はアーユルヴェーダの基盤をなす枠組みで、生命過程の説明、病気の分類、治療の選択に広く用いられてきました。しかし、この理論は一方では直感的かつ実用的な側面を持ちながら、他方では推測的・想像的な側面も多く含んでおり、現代医学との整合性において課題があります。本論文では、その進化的過程をたどりつつ、「仮説部分を取り除き、経験的・実用的な部分を残す」という再構築の方向性を提案しています。
【トリドーシャ】
ヴァータ(風)、ピッタ(胆汁)、カパ(粘液)という三つの要素は、人間の体と心の状態を説明する概念です。古典的には身体全体に行き渡るものとされ、それぞれ特定の性質と座を持つと定義されました。
【再定義/ヒューリスティクス】
論文では、トリドーシャを「自然法則としての理論」ではなく、「経験則的なヒューリスティック(意思決定のための直感的ルール)」として捉え直すことを提案しています。これにより、安全性を保ちながらアーユルヴェーダの臨床的有用性を維持できるとしています。
【ヨガの関係について】
ヴァータ(乾性・軽さ)、ピッタ(熱性・鋭さ)、カパ(湿潤・重さ)の三要素は、ヨガ実践とも深く関わります。たとえば、呼吸法(プラーナーヤーマ)はヴァータの調整に役立ち、瞑想や内観はピッタの過剰な「熱」を鎮め、アーサナ(体位法)は停滞しやすいカパを動かしてバランスを回復します。このようにトリドーシャの枠組みは、ヨガにおける心身調整の理解を助ける道具としても応用できます。
【方法】
論文は実験研究ではなく思想史的・概念的な検討です。ヴェーダ文献、サーンキヤ哲学、古典アーユルヴェーダ文献(チャラカ・スシュルタ)などを参照し、トリドーシャの起源と発展を追跡しました。そのうえで、実際の臨床における適用事例や矛盾点を分析しました。
【結果】
・トリドーシャは、乾湿・冷熱など直感的な性質を体系化した経験則である。
・しかし、仮説的に付け加えられた説明や病理論は、生物学的に裏付けが乏しく、誤解を生む。
・臨床例においては、有効に働く場合と矛盾を生む場合の両方がある。
・したがって、全体を理論とするのではなく、「実用的な経験則」として再定義する必要がある。
【考察】
著者は、トリドーシャ理論が「科学理論」としては成立しないことを指摘しています。しかし、その背後にある「直感的な診断と治療の枠組み」としての有効性は否定されません。たとえば「乾燥=ヴァータ増加」「熱=ピッタ増加」といった判断は日常の診療でも有用です。課題は、それをあたかも生理学的事実であるかのように扱う誤用にあり、そこから危険や誤診が生まれます。
【結論】
トリドーシャを科学的理論としてではなく、経験的ヒューリスティックとして再定義することが求められます。そうすることで、アーユルヴェーダの文化的連続性を守りつつ、現代医学とも接続可能な形で安全に活用できると結論づけています。
引用文献は下記よりご覧下さい.
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