
Study
急性痛の治療における瞑想の可能性とその脳科学的メカニズム

記事作成日
2024年1月16日
たとえば、病院で手術を控えているときや、思わぬケガで強い痛みに直面しているとき。僕たちは、どうしても「痛い」という感覚に心まで振り回されてしまいがちですよね。
でも、この論文はそんな場面で使える、とても興味深い可能性を示しています。それは「瞑想」という、古くからあるシンプルな心のトレーニングです。
マインドフルネス瞑想は、「痛みをなくす」というよりも、「痛みとの付き合い方を変える」方法です。痛みは身体のセンサーから脳へと信号が送られ、それを「つらい」とラベル付けするのは僕たちの心です。
この瞑想では、そのラベル付けのプロセスに少し距離を置き、「あ、今こんな感覚があるな」と静かに観察します。そうすると、不思議なことに「痛い=苦しい」という一直線の回路が少しずつほぐれてくるのです。
研究によれば、初心者でもわずか10〜20分の瞑想や、3〜4日の短期練習で、痛みの強さや不快感を下げられることが確認されています。脳の画像を見ても、痛みを評価する領域の活動が落ち着き、感覚をコントロールする回路が活性化している様子が分かります。
さらに熟練者になると、痛みの「感覚」と「嫌悪感」を完全に切り離せるようになり、「痛いけれど、つらくはない」という不思議な状態を経験できるようになるのです。
これがすごいのは、薬を使わないので副作用がないことなんですよ。
そして、効果はオピオイド系鎮痛薬とは違うメカニズムで生まれるため、薬物依存や過剰使用のリスクを減らせることです。手術前の不安や、術後の痛み、歯科手術や出産時の痛みにも応用できる例がすでに報告されています。
個人的には、この研究が示すのは「痛みとの関係を再構築する力」です。ヨガや呼吸法と合わせれば、病院でも自宅でもすぐに取り入れられるシンプルな方法として広がる可能性があります。たとえ痛みが消えなくても、「その痛みとどう共存するか」という視点は、僕たちの日常をずっと軽くしてくれるはずです。
下記、研究の要約まとめです。
Meditation as an Adjunct to the Management of Acute Pain
Wipplinger, F., Holthof, N., Andereggen, L. et al. Meditation as an Adjunct to the Management of Acute Pain. Curr Pain Headache Rep 27, 209–216 (2023). https://doi.org/10.1007/s11916-023-01119-0
【タイトル】
急性痛管理における補助療法としての瞑想
【背景】
瞑想はもともと仏教由来の修行法ですが、近年では西洋医学や心理学の領域で、その心身への効果が注目されるようになりました。特に「マインドフルネス瞑想」は、痛みの感覚そのものよりも、それに対する情動的な反応を和らげる効果があるとされ、慢性痛の分野では多くの研究が蓄積されています。一方、急性痛への応用はまだ新しい分野であり、その神経科学的な仕組みや臨床効果は近年ようやく明らかになりつつあります。
【急性痛について】
急性痛は、組織損傷や手術、外傷などによって生じる一時的な痛みで、身体の防御反応として重要な役割を果たします。しかし、痛みの強さや不快感が高まると、回復の妨げや薬物使用の増加につながることがあります。
【マインドフルネス瞑想について】
マインドフルネス瞑想は「今この瞬間に意図的かつ評価せず注意を向ける」練習です。呼吸や身体感覚を観察し、痛みを感情的に否定・拒絶するのではなく、そのままの感覚として受け入れる態度を養います。
【急性痛とマインドフルネス瞑想、ヨガの関係について】
ヨガには、ポーズや呼吸法と並び、瞑想が重要な要素として含まれています。特にマインドフルネス的な姿勢は、ヨガ哲学における「観察」「無執着」の実践に通じ、痛みとの向き合い方を変える力があります。ヨガの瞑想パートは、急性痛に対しても薬物以外の補助療法として活用できる可能性があります。
【方法】
本論文は、急性痛に対する瞑想(主にマインドフルネス瞑想)の神経科学的メカニズムと臨床応用をまとめた総説です。脳画像研究や実験的痛覚研究、手術患者や入院患者を対象とした介入試験の結果を整理しています。
【結果】
短期間の瞑想訓練(3〜4日や20分程度)でも、痛みの強さや不快感を有意に減少させることが示されています。脳画像では、初学者では前頭葉・帯状皮質など高次認知領域の活動増加と視床活動の抑制が見られ、熟練者では痛みの不快感を処理する領域の活動低下と感覚野の活動増加が特徴的です。これらはオピオイド系とは無関係な独立した経路で、偽薬効果とも異なるメカニズムです。臨床試験では、入院患者や手術患者に対する10〜15分の瞑想で、痛みの軽減や鎮痛薬の使用減少、身体機能の改善が報告されています。
【考察】
瞑想の痛み軽減効果は、経験時間によってメカニズムが異なります。初学者では「痛みの認知的再評価」や「視床ゲーティング」による感覚入力の抑制が中心で、熟練者では「感覚と情動の分離」が強まり、不快感を伴わない痛み知覚が可能になります。また、短時間の介入でも効果が得られることから、急性痛の臨床現場への導入は現実的といえます。
【結論】
急性痛における瞑想は、脳の情報処理を変化させ、痛みそのものやその不快感を軽減する有望な補助療法です。特に短時間で実施できるマインドフルネス瞑想は、手術前後や入院中の患者に応用可能で、薬物依存や慢性痛化の予防にもつながる可能性があります。
引用文献は下記よりご覧下さい.
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