
Study
慢性痛に向き合うための「内側の感覚を育てるヨガ」は成り立つのか:予備研究

記事作成日
2026年2月16日
慢性痛って、「痛みがある」だけではなくて、「痛みがあるかもしれない」という予感や警戒が、身体の中に住み着いてしまうことがありますよね。たとえば、少し動いただけで怖くなったり、逆に怖いからこそ頑張ってしまって、あとでどっと疲れたり。こういうとき、よく言われるのが「身体の声を聴きましょう」なんですが、慢性痛の人にとっては、身体の声そのものが“強すぎる”こともあります。聴けば聴くほど不安になってしまう、という逆転が起きやすいんですね。
この論文が面白いのは、まさにそこを真正面から扱っているところです。ヨガは身体感覚に注意を向ける実践ですが、ただ「感じてください」ではなくて、「感じたうえで、どう調整するか」を学習の中心に置いています。呼吸を使って注意の焦点を整え、ポーズは“正しい形”ではなく“今の自分に合う選択”を積み重ねていきます。しかもその選択を、内側の合図(息の入り方、緊張の増え方、怖さの出方)で決めていきます。ここが、すごく実践的なんです。
結果も派手ではありません。たった6週間で、全員が劇的に良くなったわけではないですし、むしろ一部では痛みが増えた人もいます。でも、だからこそ個人的にはデータとして信頼できます。「気づき」を強めることには、短期的な揺り戻しがあり得る、という現実をちゃんと含んでいるからです。そのうえで、参加者が一番良かったと言ったのが、呼吸法と、修正やバリエーションが“自分の身体を聴く”ことを助けてくれた点でした。ここに、慢性痛に対するヨガの価値の核が見えます。痛みを消すためのヨガというより、「痛みがある状態でも、身体と交渉できる感覚」を取り戻すヨガなんですね。
もしヨガを仕事にされている方がこの論文を読む価値があるとしたら、指導設計のヒントが多いところです。慢性痛の人に「内側を感じて」と言うだけでは足りなくて、感じた情報をどう扱うか、どの合図で“引く”のか、どの合図で“続ける”のか、その意思決定のプロトコルを、ヨガの中に埋め込む必要があるわけです。パンチャコーシャのモデルを使って段階的に内側へ入っていく構造も、教える側の地図になると思いますよ。
ヨガを“痛み対策の運動”としてではなく、“内側の感覚を手がかりに自己調整を学ぶ場”として再定義したい人に、是非とも読んでいただきたい研究論文です。
下記、研究の要約まとめです。
Interoception-Based Yoga for Chronic Pain: A Pilot Feasibility Study
1. Voss S, Patel I, Skowron C, Petruzzello S, Gothe NP. Interoception-Based Yoga for Chronic Pain: A Pilot Feasibility Study. Global Advances in Integrative Medicine and Health. 2025;14. doi:10.1177/27536130251400362
【タイトル】
慢性疼痛のための内受容感覚(インターオセプション)に基づくヨガ:パイロット実現可能性研究です。
【背景】
慢性疼痛は「身体の内側の感覚への注意は高いのに、その感覚を正確に捉える力は低い」ことと関連するとされます。そこで、内受容感覚(interoception)を治療ターゲットにできる可能性が注目されています。一方で、慢性痛の人に「身体感覚への気づき」を強める介入は、症状の悪化や苦痛増大につながる懸念もあります。ヨガは本質的に身体感覚へ注意を向けやすい実践ですが、「内受容感覚スキルそのものを狙って設計したヨガ」が慢性痛で安全に受け入れられるのか、そして内受容感覚の指標が改善するのかは、十分検討されていませんでした。
【内受容感覚(Interoception)について】
内受容感覚は、心拍・呼吸・胃腸感覚など「身体内部からの信号」を、感じ取り、統合し、解釈する多次元の機能です。本論文は、Garfinkel & Critchleyの枠組みに沿って、少なくとも2つの次元を区別します。ひとつは内受容感覚の「感受性(interoceptive sensibility)」で、身体内部へ注意を向ける傾向や、内側感覚への信念・捉え方を指します。もうひとつは内受容感覚の「正確性(interoceptive accuracy)」で、内部信号をどれだけ正確に検出できるか、という成分です。慢性痛では、前者(気づきや注意)は高いのに、後者(正確性)は低いという報告があるため、単純に「気づきを増やす」だけではなく、「注意の向け方と調整の仕方」まで含めて育てる必要がある、という問題意識がここにあります。
【MAIA-2とHCTについて】
感受性(interoceptive sensibility)の測定には、MAIA-2(Multidimensional Assessment of Interoceptive Awareness, Version 2)が用いられます。これは「気づき」だけでなく、「注意を調整できるか」「不快感にどう反応するか」「身体の声を聴くか」「身体を信頼できるか」など8領域を扱う尺度で、慢性痛の行動科学研究に相性が良い設計です。
正確性(interoceptive accuracy)は、心拍カウント課題(HCT)で測定されます。ただしHCTは、時間見積もり能力や「自分の心拍はこれくらい」という信念の影響を受けうるため、論文では時間見積もり課題(TE)を併用し、さらに「別の戦略(推測など)を使った人」を除外するなど、妥当性への配慮を入れています。それでもなお、そもそもヨガは呼吸感覚が中心になりやすく、心拍知覚が“ヨガで伸びるスキル”の代表になり得るかは議論が残る、という限界も論文内で丁寧に述べられています。
【内受容感覚、MAIA-2とHCT、ヨガの関係について】
この研究のキーワードは、ヨガ、慢性疼痛、内受容感覚(感受性・正確性)、実現可能性(feasibility)と受容性(acceptability)、そして介入設計の枠組みとしてのパンチャコーシャ(古典ヨガの五つの鞘理論[本研究では五鞘モデルと表記]:kosha model)です。ヨガはアーサナ・プラーナーヤーマ・ディヤーナを通じて、身体内部の情報へ注意を向ける訓練になり得ますが、慢性痛では「痛み=危険」という解釈が強いと、内側に注意を向けるほど怖さや過緊張が上がるリスクもあります。そこでこの介入は、五鞘モデルを“内側へ段階的に入っていく地図”として使い、呼吸や注意の向け方、ポーズの修正選択(バリエーション)を「内受容の手がかりで決める」ことに重点を置いています。つまり、ヨガを“形を作る運動”ではなく、“感覚を手がかりに自己調整する学習環境”として設計した点が、この論文の核です。
【方法】
研究デザインは単群のパイロット実現可能性研究です。対象は18〜64歳の、3か月以上続く慢性痛を自己申告する人で、直近6か月に週1回を超える定期的なマインドボディ実践がないことなどが条件です。介入は6週間、週2回、各75分の対面クラスで、2コホート(2024年4〜7月)で実施されます。指導者は500時間資格を持ち、慢性痛領域の臨床経験(作業療法士として)もある指導者です。五鞘(パンチャマヤコーシャ)を枠組みに、週ごとのテーマで注意の焦点を内側へ段階的に深め、ポーズのバリエーション選択に内受容の合図を使うようキューイングします。オプションで、自宅用の呼吸・瞑想・短い動きの録音教材も提供されます。
主要アウトカムは実現可能性(募集、継続率、出席率、有害事象)と受容性(満足度など7点尺度)です。副次アウトカムは、内受容感覚の感受性(MAIA-2)、内受容感覚の正確性(HCT:ECGで実心拍を測定)、痛み(PROMISの痛み強度・痛み干渉)、マインドフルネス(FFMQ)、スピリチュアル・ウェルビーイング(FACIT-SpのMeaning/Peace)、QOL(SF-36の身体・精神)などです。
【結果】
26名が同意し、24名が介入を開始し、6週後評価まで完了したのは19名(継続率79%)です。平均出席率は69%で、重大な有害事象はありませんでした。めまいが増えた参加者が1名いましたが、修正(視線安定や壁サポート)で自己限定的に改善しています。受容性は高く、総合満足度と楽しさはいずれも平均6.6/7でした。慢性痛への適切さも6.5/7と高評価で、他者への推奨意向も6.5/7でした。一方で「日常で痛みを扱える感じ」は4.8/7と中立的でした。
探索的な効果として、MAIA-2(感受性)が有意に上昇し、HCT(正確性)も有意に上昇し、痛み干渉・痛み強度はいずれも有意に低下しています。ただし、痛みは一部で増加した人もおり、個人差が大きい点が示されています。MAIA-2の下位尺度では、Noticing、Attention Regulation、Self-Regulation、Body Listeningが有意に改善しています。なお、感受性と正確性の2指標の間に相関は見られませんでした。
【考察】
最大のポイントは、「慢性痛の人に、内側へ注意を向けるヨガを強めるのは危険かもしれない」という懸念に対して、少なくとも6週間の設計で、重大な有害事象なく、高い満足度で成立したという実務的な示唆です。参加者が最も良かった点として挙げたのは、呼吸法と、バリエーションや修正が“身体を聴く”ことを促した点でした。ここは臨床的に重要で、恐怖回避(kinesiophobia)が慢性痛の活動性を下げることを踏まえると、「不快感をゼロにする」ではなく、「不快感を合図に調整して継続できる」学習は価値があります。
一方で、HCTの解釈には慎重であるべきだとしています。ベースラインのHCTがかなり低く、時間見積もりや注意機能の影響も残り得ます。また、HCTの改善が痛み強度の増加と“傾向”として関連した可能性も示され、内受容感覚は「上げれば万能」ではなく、注意の量だけでなく、評価と調整(regulation)がセットで重要だという含意が強調されています。
限界としては、単群でサンプルが小さいこと、複数比較の補正をしていないこと、参加者募集が「ヨガで慢性痛」という文言で選好バイアスが入りうること、指導者が測定も担当している点などが挙げられています。
【結論】
五鞘モデルを枠組みに内受容スキルを狙った6週間のヨガは、混合型の慢性痛集団において実施可能で受容性が高く、内受容感覚の複数側面と痛みに改善の可能性が示されました。今後は対照群を置いた介入研究で、どの内受容次元がどの痛みアウトカムに効くのか、また短期的に痛みが増える人をどう見極めるかを検証すべきだ、という結論です。
引用文献は下記よりご覧下さい.
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