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Column

筋肉記憶と自律神経 ─ 感覚の再学習としてのヨガ

「身体が覚えている」という不思議

記事作成日

2025年8月5日

「身体が覚えている」という不思議

─ マッスルメモリーとは、感覚の記録である


「意外と動けた」──これは、ヨガをしばらくぶりに再開した方から、よく聞く言葉です。
数か月、あるいは数年ぶりにもかかわらず、まるで身体が“自然と”動きを思い出していくような感覚。
これを専門的には「筋肉記憶(マッスルメモリー)」と呼びます。

ただ、この“筋肉の記憶”という表現は、少し誤解を招きやすいところでもあります。
筋肉そのものが記憶を持っているわけではなく、私たちの脳と神経系が、過去の経験から「身体をどう動かすか」を覚えているという現象です。
つまり、「腕を上げる」や「脚を伸ばす」といった動作ではなく、
“どうやって動いたか”という感覚そのものが記憶されているのです。

ヨガのレッスン中にも、意識を向けていくと
「ここで一度、息を吐くと楽になる」
「この角度から伸ばすと気持ちよかった気がする」
というように、身体が自発的に“昔の心地よい感覚”を呼び覚ましていく瞬間に出会うことがあります。

こうしたプロセスは、ただの反復動作ではありません。
私たちがかつて身につけた「整う感覚」そのものが、身体の中に眠っていて、それがふと蘇る。
この「感覚の記憶」が、ヨガにおいてとても重要な働きをしているのです。

呼吸もまた、記憶されている

呼吸もまた、記憶されている

─ 自律神経と感覚の「癖」はリンクしている


では、感覚の記憶は動作だけに限られるのでしょうか?
実は、呼吸にも深く関係しています。

たとえば、何かに緊張したとき。
無意識に呼吸が浅くなり、肩がすくみ、胸が閉じてしまった経験があるかと思います。
このような呼吸のパターンは、自律神経の反応のクセでもあり、過去の体験と深く結びついていることが多いのです。

私たちの身体は、「この環境では気を引き締めるべきだ」「ここでは自分を守らなくては」といったように、
ある種の防御反応として呼吸を変化させ、神経系の働きをチューニングしようとすることがあります。

ただし問題は、これが慢性化したとき。
本来、交感神経と副交感神経は切り替わることで、心身にメリハリをもたらします。
しかし、緊張状態が長引きすぎると、「リラックスする感覚」そのものが思い出せなくなってしまうんですね。

そうなると、深く息を吐くこと、胸を広げること、背中を緩めること……
どれもが「知らない感覚」になっていく。

だからこそ、ヨガで呼吸を丁寧に観察し、「こういう呼吸が心地よい」という感覚を、身体ごと再体験することが必要なんです。
それはまさに、呼吸における“感覚のリハビリ”とも言えるもの。

呼吸という行為を通して、私たちは過去の緊張の記憶を解きほぐし、
「今、ここにいても大丈夫」という神経の安心状態を、少しずつ育てていくことができます。

感覚の再教育、それがヨガ

感覚の再教育、それがヨガ

─ “動き”ではなく、“感覚”を取り戻す実践


多くの人がヨガに求めるものは「柔らかくなりたい」「姿勢を整えたい」「疲れをとりたい」といった、身体面での効果です。
もちろん、それも大切なモチベーションですが──
本質的なヨガの目的は、「自分自身の感覚を回復させること」にあります。

「今、自分はどこに力が入っているんだろう?」
「どこが支えてくれていて、どこはサボっている?」
「呼吸はどこで止まっている? 背中はどこまで膨らんでいる?」

こうした感覚の問いを、私たちは日常生活であまりにも見過ごしています。
でも、ヨガの時間はそれを取り戻すための絶好の機会です。

たとえばターダーサナ(山のポーズ)で、足裏の接地を感じるとき──
ほんの1mmの体重移動でも、内側の重心の感覚がガラリと変わることがあります。
その小さな気づきの中に、「あ、私は今まで無理に立ってたんだな」という発見があることも。

ヨガは、自分の感覚を信頼し直すプロセスでもあるんですね。

講師の指示ではなく、「自分の内側の感覚が導く方へ動いていく」。
この“内なるナビゲーション”が働き出すとき、身体は初めて「整っていくことに安心してゆだねられる」のです。

ヨガは神経系のリセットボタン

ヨガは神経系のリセットボタン

─ 頭ではなく「身体そのものが納得する」調整法


ヨガの深い作用は、筋肉の変化や呼吸の深さといった表面的なものではなく、神経系に対する再調整作用にあります。

自律神経系──つまり、私たちの意思とは関係なく働いている神経のネットワークは、
日々のストレスや情報過多、過密なスケジュール、過去の体験に左右されやすく、
知らず知らずのうちに「オン状態=交感神経優位」に偏りがちです。

ヨガでは、ゆったりとした動きと、呼吸と、意識を連携させていくことで、
「今は安全な時間だよ」「今は、休んでもいいんだよ」と神経に教えていくような作用が起こります。

ここで大切なのは、それを“言い聞かせる”のではなく、“身体で感じさせる”こと。
ヨガのなかでは、頭で納得するのではなく、
身体そのものが「安心できる」ことを実感するプロセスが必要なのです。

だから、ただポーズを取るのではなく、
「この動きは心地いいか?」
「この呼吸のテンポは自分に合っているか?」
といった繊細なフィードバックを神経に届けることが、最大のポイントになります。

自分の“整う感覚”に戻るために

自分の“整う感覚”に戻るために

─ コントロールではなく、調和を目指すヨガへ

私たちはつい、「今の自分はダメだ」「もっと変わらなきゃ」と思ってしまいます。
でも、ヨガの世界観では、「変える」のではなく「戻る」ことが大切だとされます。

本来の感覚。
本来の呼吸。
本来の自分のバランス。

それはすでに、私たちの内側に眠っています。
ただ思い出せなくなっていただけで、
ちゃんとそこにあるんです。

ヨガの時間は、その「思い出し直し」に付き合ってあげる時間。

「こうだったな」
「これが心地よかったんだな」
「この呼吸、落ち着くな」

そうした気づきの積み重ねが、自律神経のリズムを整え、筋肉の使い方を優しく再構築していきます。

つまり、ヨガとは本来の自己調和を思い出していく旅路。
自分を抑え込むのではなく、
自分に“耳を澄ませる”。

そこに、変化ではなく「回復としての成長」があるのだと僕は思います。

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