
Column
慢性腰痛とヨガ ─ 「痛み」と「こころ」と「神経」をまとめてケアするということ
記事作成日
2025年11月25日
慢性腰痛は「腰だけの問題」ではない
デスクワークが長くなった日、立ち上がった瞬間にズキっとくる腰の痛み。「また腰がやられたかもしれない…」という不安とともに、その日の気分まで重たくなってしまうことがありますよね。
慢性腰痛(chronic low back pain, CLBP)は、3か月以上続く腰の痛みのことを指します。世界的にもとてもありふれた症状で、働き盛りの年代における「身体機能の障害」の主要な原因のひとつだと報告されています。
興味深いのは、慢性腰痛を抱えている方の多くが、「腰そのものの構造」だけでなく、次のような状態を同時に経験している、という点です。
・不安感や落ち込みやすさ
・慢性的なストレス
・「この痛みは一生良くならないのでは」という破局的な受け止め方
・眠りの質の低下や、疲れやすさ
こうした要素が重なっていくことで、痛みそのものが強く感じられたり、「痛みによってできないこと」が増えていったりします。そのため近年では、慢性腰痛は「バイオサイコソーシャルな問題」であると考えられるようになってきました。つまり、筋肉や関節といった身体(バイオ)だけでなく、心や認知(サイコ)、そして人間関係や仕事・生活背景(ソーシャル)が絡み合った“全体としての病態”として捉えていく視点です。
薬や注射、手術といった医療的な治療が必要なケースも、もちろんあります。ただ、多くの慢性腰痛では、「腰の画像検査では大きな異常が見当たらないのに、痛みとしてはとてもつらい」という状況も少なくありません。そのとき必要になるのが、身体のケアと同時に、ストレス反応や神経の過敏さ、ものの受け止め方なども含めて整えていくアプローチです。
そこで、今回取り上げるのが「ヨガ」という選択肢です。
慢性腰痛と「中枢感作」 ─ 神経レベルで何が起きているのか
慢性腰痛を理解するうえで、近年よく語られるようになったキーワードのひとつが「中枢感作(central sensitization)」です。
もともと痛みは、怪我した部位からの信号が脊髄・脳に伝わることで「ここが痛い」と感じられます。しかし、長期間にわたって痛み刺激が続くと、脊髄や脳の痛みを処理するネットワーク自体が敏感になり、「以前なら痛くなかった程度の刺激」でも強い痛みとして感じてしまうようになります。これが中枢感作です。
慢性腰痛の方では、
・脳の「痛みネットワーク」の活動が変化している
・扁桃体や前頭葉など、情動・注意・評価に関わる領域の働きも変わる
・自律神経のバランスが、交感神経優位(常に軽く“戦闘モード”)に傾きやすい
といったことが、多くの研究で示されています。
これに、不安やうつ状態、ストレス、睡眠不足などが重なることで、痛みの経験はさらに増幅されやすくなってしまいます。仕事の責任が重い方ほど、「休みにくい」「我慢する」というパターンをとりやすく、結果として痛みの悪循環にはまりやすい面もあるかもしれません。
つまり、慢性腰痛の治療では、
・筋肉や関節の状態を整えること
・自律神経や内分泌系を落ち着かせること
・不安・抑うつ・破局的思考などの心理的要因を和らげること
・日常生活・仕事の中での「身体の使い方」「休み方」を見直すこと
を、ひとつながりのプロセスとして扱う必要がある、ということになります。これが「バイオサイコソーシャル・モデル」に基づく、現代的な慢性腰痛ケアの考え方です。
この文脈の中で、ヨガはどのような位置づけにあるのでしょうか。
2024年ナラティブレビューが示す「ヨガの可能性」
2024年に Pain Physician 誌に掲載されたナラティブレビュー
“Yoga as an Adjunctive Treatment for Chronic Low Back Pain: A Narrative Review” は、慢性腰痛とヨガの関係を、心理面と身体面の両方から整理した総説論文です。
(https://www.painphysicianjournal.com/linkout?issn=&vol=27&page=E661)
このレビューは、既存の文献を精査し、合計24本の研究(ランダム化比較試験や観察研究、レビューなど)を取り上げています。その中で、慢性腰痛に関連する特徴として、
・不安・うつ状態の合併が多い
・慢性的なストレス負荷
・「痛みに対する破局的思考(catastrophizing)」
・中枢・末梢レベルでの感作(痛みシステムの過敏化)
といった心理・神経・身体の側面が、複雑に絡み合って存在していることを示しています。
一方で、これまでの研究から、ヨガには次のような効果が期待できるとまとめています。
・不安・うつ・ストレスの軽減
・痛みに対する破局的な受け止め方の軽減
・自律神経のバランス調整(交感神経の過活動を落ち着かせる)
・一部のホルモンや神経伝達物質(例:ストレスホルモンやセロトニン系など)への良い影響
・腰痛に伴う痛みの強さ、機能障害、疲労感、薬への依存度の改善
もちろん、研究の質にはばらつきがあり、サンプルサイズが小さい試験や、ヨガを自ら選んで参加している人が多い(選択バイアス)などの限界も指摘されています。それでも、このレビューは「現在の慢性腰痛の標準的な治療は、必ずしも十分にバイオサイコソーシャルなアプローチになっていない」と指摘したうえで、「ヨガは、そのギャップを埋める有望な補助療法(adjunctive treatment)になり得る」と結論づけています。
さらに、過去のメタアナリシスでは、ヨガが慢性腰痛の痛みと機能障害を、短期的には強く、長期的にも中程度の効果で改善しうることが報告されています。
ここでポイントになるのは、
“ヨガが「筋肉を伸ばす体操」以上のものとして、
神経系や心理面、ストレス応答を含めて働きかけている可能性が高い”
という視点です。これは、まさに慢性腰痛の“バイオサイコソーシャルな側面”に響くアプローチだと言えます。
「ヨガで腰痛を治す」のではなく、「痛みとの関係を整える」
では、実際の日常生活やスタジオのレッスンでは、この知見をどう生かしていけば良いのでしょうか。
まず、とても大切な前提として、
・ヨガは「医療行為」ではない
・原則として、医師による診断や治療を代替するものではない
・シリアスな腰痛や神経症状(しびれ・脱力など)がある場合は、必ず医療機関で評価を受け、その上で適切なヨガ実践を選ぶ
という点をはっきりさせておく必要があります。
そのうえで、慢性腰痛のケアとしてヨガを取り入れるときには、次のようなポイントが現実的です。
ひとつは、「痛みを我慢してまで深く曲げる」「限界まで反らす」ことを目標にしないことです。身体が緊張している日や、疲れている日には、動きのレンジを小さくしても構いませんし、動かす代わりに呼吸とイメージのワークを中心にする日があってもいいはずです。研究でも、腰痛のためのヨガプログラムは、多くの場合、過激なポーズよりも、穏やかな動きと呼吸法、リラクゼーションを組み合わせた構成になっています。
もうひとつは、「痛みだけを消そうとしない」ことです。
・今日はどの動きで、どんなふうに痛みが出るのか
・呼吸を丁寧にすると、痛みの質や広がり方はどう変わるのか
・不安やイライラが強い日と、落ち着いている日とで、痛みの感じ方は違うか
こうした観察を、ヨガの時間を使って少しずつ育てていくことで、痛みと自分との関係性が変わっていきます。「痛みがある=何もできない」から、「痛みはあるけれど、ここまでは動ける」「ここまでは心地よく呼吸できる」に、少しずつシフトしていく感覚です。
studio Sahana のようなプライベートレッスンでは、姿勢や動きのクセを丁寧に見ていきながら、
・腰回りだけで頑張りすぎている動きを、股関節や胸郭に“分散”させていく
・呼吸の深さやリズムを整えて、自律神経を落ち着ける
・「痛みへの不安」を一緒に言語化しながら、“できる範囲”での安全な動作体験を積み重ねる
といったプロセスを、対話を交えながら進めることができます。
ヨガは、腰痛を一瞬で「ゼロ」にする魔法ではありません。ただ、「痛みとの付き合い方」を変えることで、生活全体の質を少しずつ底上げしていく道具としては、とても頼もしい存在だと感じています。
慢性腰痛と生きていく人へ ─ ヨガからのささやかな提案
慢性腰痛を抱えていると、どうしても「痛みがある自分」と「理想の自分」のあいだに距離が生まれてしまいます。あの頃のように自由に動けない、仕事や家族に迷惑をかけている気がする、運動を始めても続けられなかったらどうしよう……。そんな思いが頭の片隅に居座り続けることも、珍しくありません。
今回ご紹介したナラティブレビューやメタアナリシスは、ヨガがこうした慢性腰痛の現実の中で、「痛み」「こころ」「神経」「生活」のあいだに、少しだけスペースを作ってくれる可能性があることを示してくれています。
ヨガの時間は、
“痛みを消し去るために、自分を追い込む時間ではなく
痛みを抱えたままでも、「いまの自分の身体と仲直りしていく」ための時間”
であって良いのだと思います。
もしあなたが、慢性腰痛と付き合いながらも、
・もう少し長く歩けるようになりたい
・座っている時間を楽にしたい
・夜、少しでも深く眠れるようになりたい
・痛みへの不安を、もう少し落ち着いて眺められるようになりたい
と感じているのであれば、「補助療法としてのヨガ」を人生のどこかにそっと置いてみるのも、一つの選択肢です。
studio Sahana では、医療と対立するのではなく、「医療でできること」と「日常の中でできること」をつなぐ場所でありたいと考えています。慢性腰痛に限らず、「痛みと神経とこころの関係を整えたい」と感じている方は、いつでもご相談ください。
あなたの身体の中に、まだ眠っている「静けさ」と「回復力」を、一緒に探していけたら嬉しいです。






