
Column
軽くなることと、動きやすくなることの違い ― 身体が教えてくれる「整う」という知性
記事作成日
2025年11月6日
軽さを求めるほど、動けなくなる?
朝晩の空気が少しずつ澄んできましたね。
このコラムを書いているのは2025年の11月初旬です。
散歩をしていると、風の質が変わったことに気づく瞬間があります。
秋は気候も穏やかで、身体も「軽くなりたい」と自然に感じやすい季節。
食欲の秋とも言われますが、同時に体重や代謝を意識し始める時期でもあります。
運動を始めたり、食事を見直したり、多くの方が“軽やかさ”を求めて行動を変えるタイミングなんですね。
けれど不思議なことに、「軽くなろう」と頑張るほど、身体が重く感じる瞬間 ってありませんか?
それは、体重の問題ではなく「整いのバランス」が崩れているサインかもしれません。
最近読んだ筑波大学の研究論文が、それを裏づけるような内容でした。
研究チームは持久走ランナーの脚をMRIで精密に解析したのですが、
驚くべきことに、ランナーの脚は一般の人よりも軽くなっているのに、動きやすくはなっていなかったんです。
僕はその結果に、まるで哲学書の一節を読んでいるような気分になりました。
身体は、単なる「軽さ」ではなく、“整った重さ”を求めているのかもしれない…と。
「軽いのに動けない」─ 構造が教える真実
研究の詳細を見てみると、ランナーの下肢の質量は一般人の83%にまで減っていました。
それだけ聞くと、当然“脚を振りやすい”と思いますよね。
けれど実際には、脚の振りやすさを示す「慣性モーメント」は90%に留まっていた。
なぜか?
答えは、「重心の位置」が下に移動していたからなんです。
つまり、全体の構造の中での重さの配分が変わっていた。
身体は、ただ軽ければいいのではなく、どこに重さがあり、どこが支え合っているかで動きの質が決まるんです。
これは、ヨガのアーサナ(座法)にも深く通じる考え方です。
バランスの良い姿勢とは、筋肉を「固める」ことでも「抜く」ことでもなく、
必要なところが必要な分だけ働き、不要なところが静まっている状態。
だからこそ、「減らす」ことだけを目的にした軽さは、かえって動きを鈍らせてしまう。
情報も、筋肉も、タスクも、減らしただけでは動きがスムーズにならないのは、人間の神経系も同じです。
多くの40〜50代のハードワーカーが、仕事での“余白のなさ”を感じるように、
身体も「効率化」ばかりを優先すると、肝心の“しなやかさ”を失ってしまうのかもしれませんね。
サットヴァ・ラジャス・タマス ─ 三つの力のバランス
この研究結果を読んだとき、僕の頭に浮かんだのはインド哲学の「サーンキヤ学派」でした。
そこでは、世界のあらゆる現象は「グナ」と呼ばれる三つの力のバランスで成り立つとされます。
・サットヴァ(軽やかさ・明晰さ)
・ラジャス(動き・情熱)
・タマス(重さ・安定)
この三つのどれが欠けても、世界も人間も成立しません。
たとえばラジャスが強くなると落ち着かず、タマスが強くなると動けなくなる。
そしてサットヴァが適度に保たれると、心も身体も自然に整っていく。
この「三つの配分」は、まるで神経・筋肉・骨のバランスにも似ています。
現代の働く世代は、ラジャス(動き)が強くなりすぎて、
タマス(休息)を軽視しがちです。
でも実際には、静けさ(タマス)の中でしか、明晰さ(サットヴァ)は生まれない。
ヨガの目的は“軽くなる”ことではなく、三つのグナを整えて「静かな運動性」を取り戻すことにあるんです。
そしてそれは、脳や神経のリセットにもつながっていきます。
軽さと動きのバランスを思い出すことは、まさに「生きるリズムの再調整」なんですよ。
削る“軽さ”と、整う“軽さ”
アーユルヴェーダでも、同じように三つのドーシャ(ヴァータ・ピッタ・カパ)が存在します。
これは、身体を動かす力・燃やす力・支える力という三つのエネルギーで、
人それぞれの体質や季節の変化によって、どれかが過剰になったり不足したりします。
現代の健康法では、「減らす」「排出する」「デトックスする」という言葉がよく使われますよね。
でもアーユルヴェーダやヨガの視点では、減らすよりも「整える」ほうが本質的なんです。
外側を削って軽くすることは、短期的なスッキリ感をもたらすかもしれません。
でも、内部の構造が調和していなければ、すぐにまた重くなる。
これは、筋肉バランスにも、感情の扱いにも、すべてに通じます。
本当に動きやすい人とは、余計な力が抜けても、芯の安定を失わない人。
それは単なる「軽い身体」ではなく、「軽く整った心身」なんですよね。
削る軽さは一瞬の安堵をくれますが、整う軽さは長く続く安定をくれます。
そしてそれが、忙しい現代人が求めてやまない“静けさの中の力”なのだと思います。
重心を感じることからはじまる整い
では、どうすれば僕たちはその「自然に軽くなる状態」を取り戻せるのでしょうか。
その答えは、意外にもシンプルです。
重心を感じること。
立っているときに、足裏のどこに体重が乗っているか。
座っているときに、骨盤のどの部分が支えになっているか。
呼吸をしているときに、どこが動き、どこが静まっているか。
このような“観察”は、ただのリラクゼーションではなく、神経の再学習なんです。
重心を感じるということは、身体の構造を通じて心の配分を思い出すことでもあります。
仕事の疲労や情報過多のなかで、僕たちはつい「頭」ばかりを使ってバランスを失いがちです。
けれど、身体の中心を再び感じると、自然に呼吸が整い、集中も回復します。
軽くなるより、整っていること。
そのほうが、ずっと静かで、ずっと強い。
そしてその静かな強さこそが、ほんとうの軽やかさを育ててくれるのだと思うんです。






