
Study
ヨガと運動の違い ─ 身体と心に及ぼす効果の比較研究レビュー

記事作成日
2025年10月20日
ヨガを長く実践していると、「これは運動というより、神経の練習だな」とふと感じることはありませんか。
この論文はまさに、その“感覚的な実感”を科学的に裏づけてくれるものです。
研究者たちは、ヨガと一般的な運動(ウォーキングやストレッチなど)を比較した12の研究を丁寧にレビューしています。結果は明快で、ヨガは運動と同等か、それ以上の効果を示していました。
特に印象的なのは、「ストレスに対する身体の反応の違い」です。運動は交感神経を活性化し、一時的にエネルギーを高めます。一方で、ヨガは副交感神経を優位に導き、呼吸とともに“静けさ”を作り出します。
この静けさは、単なるリラックスではなく、神経の再学習とも言えるものです。心拍やホルモンが穏やかに整い、呼吸とともに「安心している自分を身体が思い出していく」、だからこそ、ヨガの後には頭が冴え、気持ちが軽く、周囲の音が静かに感じられるのです。
興味深いのは、糖尿病や更年期障害、統合失調症などの疾患を持つ人々にも、ヨガが運動と同等以上の改善をもたらしていた点です。血糖値や脂質、睡眠、痛み、疲労といった多面的な変化が報告されています。
つまり、ヨガは「心と身体を別々に治す」のではなく、「そのあいだにある緊張の回路」を緩めていく方法だといえます。
この論文を読むと、僕たちがスタジオで感じている“静けさの効果”が、実は生理学的にも裏づけられていることが分かります。
ヨガのポーズは、見た目の形以上に「神経系へのアプローチ」なんですね。
そして運動が“外に向かう活性”を育てるなら、ヨガは“内に向かう調整”を育てる。
この2つを対立ではなく、補完として捉える視点こそ、現代に必要なバランスかもしれません。
ストレス社会に生きる僕たちにとって、この論文はひとつの希望です。
「動くことで静まる」「緩めることで強くなる」そんな矛盾のような調和を、科学的にも美しく説明してくれています。
下記、研究の要約まとめです。
The Health Benefits of Yoga and Exercise: A Review of Comparison Studies
The Health Benefits of Yoga and Exercise: A Review of Comparison Studies
Alyson Ross and Sue Thomas
The Journal of Alternative and Complementary Medicine 2010 16:1, 3-12
【タイトル】
ヨガと運動の健康効果:比較研究のレビュー
【背景】
本論文は、ヨガが身体的・精神的健康に及ぼす影響を、従来の身体運動(エクササイズ)と比較しながら検討したレビュー研究です。
従来、運動は健康維持の手段として広く受け入れられてきましたが、ヨガは単なる身体活動ではなく、「身体・呼吸・意識」を統合する実践法として注目されてきました。研究者たちは、ヨガが視床下部–下垂体–副腎軸(HPA軸)や交感神経系(SNS)を“鎮静化”させる可能性に注目し、そのメカニズムを探っています。
この論文は、過去の研究81本を精査し、そのうち12本の「ヨガと運動の直接比較研究」を中心にまとめたものです。
【HPA軸(視床下部–下垂体–副腎軸)について】
HPA軸とは、ストレスを受けたときにホルモン(特にコルチゾール)を分泌して身体を“戦うか逃げるか”のモードに導く仕組みです。
慢性的なストレスによりHPA軸が過剰に働くと、糖尿病・肥満・うつ病・心血管疾患などを引き起こします。
ヨガはこのHPA軸の活動を鎮め、唾液中コルチゾールやノルアドレナリンなどのストレスホルモンを低下させることが、複数の研究で示されています。
【SNS(交感神経系)について】
SNSは「戦う・逃げる」反応を担う神経系で、心拍数や血圧を上昇させます。
ヨガは、SNSを落ち着かせ副交感神経優位の状態を促すことで、心拍変動(HRV)の安定化や血圧の低下をもたらすことがわかっています。
一方、運動はSNSを活性化する側面が強く、特に強度の高い有酸素運動ではコルチゾール分泌が増える傾向にあります。
つまり、ヨガは「内側の静けさ」をもたらし、運動は「外的な活動性」を高める方向に作用するのです。
【HPA軸とSNS、ヨガの関係について】
HPA軸・SNS・コルチゾール・HRVなどは、すべてストレス応答の生理的メカニズムを示すキーワードです。
ヨガは、呼吸・姿勢・瞑想を通してこれらを穏やかに制御し、“過剰な緊張状態”から身体と心を戻すことを目的としています。
その意味で、ヨガは単なる身体活動ではなく、「神経系の再調整」という生理的・心理的介入といえます。
【方法】
研究者はPubMedデータベースを用いて1970年以降に発表されたヨガ研究を検索し、81本の論文を抽出しました。その中で「ヨガと運動を比較した研究」12本を詳細に分析しました。
これらは主にランダム化比較試験(RCT)で構成され、対象は健康者から糖尿病、腎疾患、更年期障害、統合失調症患者など多岐にわたります。
ヨガの内容は、アーサナ(姿勢)とプラーナヤーマ(呼吸法)を組み合わせたものが多く、運動群ではウォーキング、ジョギング、ストレッチ、自転車などの有酸素運動が中心でした。
【結果】
結果として、ヨガは運動と比較してほぼすべての健康指標で同等もしくは優れているという結果が示されました。
特に、血糖値の低下、コレステロール値の改善、酸化ストレスの軽減、睡眠の質の向上、痛み・疲労の軽減、精神的健康の改善において高い効果を示しています。
運動が勝っていたのは、最大酸素摂取量(VO₂max)など「フィットネス指標」に限られました。
また、唾液中コルチゾールの変化からも、ヨガはストレス応答系を抑制し、運動とは異なる神経的メカニズムを持つことが示唆されました。
【考察】
本研究は、ヨガと運動が「身体を使う」という点では共通しているものの、その神経生理的な影響は大きく異なることを示しています。
ヨガは副交感神経を優位に導き、“鎮静”をもたらすのに対し、運動は一時的な交感神経活性を促します。
この違いが、ヨガに特有の「落ち着き」「集中」「心身の統合感」を生む要因と考えられます。
研究者はまた、ヨガの種類(ハタ・アイアンガー・アシュタンガなど)による生理的影響の違いについても、今後の研究が必要だと述べています。
【結論】
このレビューは、「ヨガは運動と同等もしくはそれ以上の健康効果を持つ」という見解を支持しています。
特にHPA軸やSNSに対する影響を考慮すると、ヨガは単なる運動代替ではなく、ストレス応答を調整し、心身を同時に整える統合的な実践であることが示されています。
ただし、研究間で方法・頻度・ヨガのスタイルが異なるため、今後はより厳密な比較試験が求められるとされています。
引用文献は下記よりご覧下さい.
もし、掲載内容と論文に誤りがございましたらご連絡いただけると幸いです。

