
Column
ストレスは“敵”ではない ─ ヨガ哲学と心理学が語る心の揺らぎ
記事作成日
2025年9月30日
ストレスを「悪者」と呼んでしまう前に
現代社会では「ストレス社会」という言葉があたりまえのように使われています。
頭痛や肩こり、イライラ、不眠…その原因をひとまとめに「ストレス」と呼ぶことで、まるで避けるべき“敵”のように感じられてしまうのですね。
けれども、ヨガ哲学(ヨガの実践哲学のことですね)の視点からすると、ストレスそのものは敵ではありません。
ストレスとは、出来事に出会った心の揺らぎにすぎないからです。
たとえば試験の前。ある人は緊張でお腹が痛くなり、別の人は「やってやるぞ」と燃えます。
あるいは舞台に立つ直前、震えるほど怖いと感じる人もいれば、アドレナリンが出て楽しくて仕方ないという人もいる。
出来事そのものは同じでも、心の解釈が違うだけでまったく別の体験になる。
つまり、ストレスの本質は“外側”ではなく、内側の受け止め方にあるんです。
ヨガ哲学が語る「揺らぎ」の正体
ヨーガ・スートラには「チッタ・ヴリッティ・ニローダハ(心の作用の止滅)」という有名な一節があります。
心はつねに波のように揺れ動き、外からの刺激に応じてその形を変える。これがヴリッティ(心の作用)です。
ストレスとは、この揺れの一つにすぎません。
外部の出来事が波を起こし、私たちはその波を“心配”や“不安”とラベルづけしてしまう。けれど哲学的には、波そのものが悪いわけではない。
波に巻き込まれてしまうことこそが、苦しみを大きくするのです。
だからヨガ哲学は「波を消そう」とは言いません。
むしろ「波を観察し、その正体を知り、巻き込まれない視点を持つこと」を大切にします。
これはストレスを「なくそう」とするのではなく、「うまく付き合う」方向に導く智慧なんですね。
心理学が明かす“ストレスの二面性”
近年の心理学や神経科学でも、ヨガの実践哲学と通じる発見があります。
代表的なのは「ストレスの二分モデル」です。
◆ディストレス(Distress):心身をすり減らす悪いストレス
◇ユーストレス(Eustress):挑戦や成長を促す良いストレス
たとえば適度な緊張感は集中力を高め、学習や仕事のパフォーマンスを押し上げます。
反対に、慢性的に休めない状態が続くと心身を壊してしまう。
さらに心理学では「ストレス・マインドセット」という研究もあります。
「ストレスは有害だ」と信じている人は、実際に体調を崩しやすい。
一方で「ストレスは成長のチャンスだ」と捉えている人は、同じ状況でも回復が早く、前向きに取り組める。
つまり科学的にも「ストレス=悪」ではなく、「ストレスの質」や「心の構え」が重要だとされているのです。
この考えは、まさにヨガ哲学の「揺らぎに巻き込まれるか、それを眺められるか」という視点と重なります。
瞑想がくれる“余白”という処方箋
では、どうすればストレスを敵ではなく、味方にもできるのでしょうか。
ここで活きるのが「瞑想」という実践です。
心理学研究では、マインドフルネスに着目した瞑想的手法(いわゆる“マインドフルネス瞑想”のことですね)が扁桃体の過剰反応を抑え、前頭前野の調整機能を高めることが分かっています。
これはつまり、「不安にすぐ反応してしまう脳」から「落ち着いて見極める脳」へとシフトする働きがある、ということです。
ヨガ哲学の言葉で言えば、瞑想は「波の正体を観るための余白」を取り戻す時間です。
呼吸を感じ、身体の感覚を見つめ、ただ心の動きを眺めてみる。
この習慣が積み重なると、ストレスが訪れても「これは波のひとつだ」と受け止めやすくなります。
ストレスと共に生きるための小さな練習
最後に、日常でできるシンプルな練習をいくつかご紹介します。
1.呼吸を1分だけ観察する
ストレスを感じたとき、深呼吸をする前に「今の呼吸は速いかな、浅いかな」とただ観察してみましょう。評価せず眺めるだけで余白が生まれます。
2.揺らぎに名前をつける
「これは不安の波だな」「これは期待の波だな」とラベルをつけてみる。名前を与えるだけで距離ができ、巻き込まれにくくなります。
3.朝の一杯の前に“間”を置く
コーヒーやお茶を口にする前に、カップの香りをゆっくり感じてみましょう。
「飲む」という自動的な行為に少し余白を入れるだけで、心の揺れを静める練習になります。
4.歩行瞑想を取り入れる
通勤や買い物の道すがら、足の裏に意識を向けてみる。右、左と足を運ぶ感覚に気づくだけで、雑念がほどけやすくなります。
5.1分間の“停止ボタン”を持つ
仕事中に気持ちが煮詰まったら、スマホを見る代わりに椅子に座ったまま目を閉じ、1分だけ呼吸を数えてみましょう。短いけれどリセット効果があります。
ストレスは生きている限り、なくすことはできません。
けれど、哲学と科学の両方が教えてくれるのは、
「ストレスは敵ではなく、心を育てる揺らぎの一部にすぎない」ということ。
それに気づいたとき、日常の中でストレスに対する見方が少しずつやわらぎ、人生がもう少し自由に感じられるかもしれませんね。






