
Column
現代社会とストレスマネジメント〜科学的視点とヨガによるセルフケア〜
記事作成日
2021年1月20日
ストレス社会に生きる私たち
── 加速する情報社会と心身への影響
現代社会において「ストレスマネジメント」の重要性はますます高まっています。首都圏の朝夕の通勤ラッシュに見られるように、私たちは常に時間に追われ、余裕のない生活を送っています。すし詰めの車内、目の前のスマートフォンから絶え間なく流れる情報、目も脳も常にフル稼働している状態——これは身体的にも精神的にも大きな負荷となり、気づかないうちに自律神経が乱れ、慢性疲労や睡眠障害を引き起こしているのです。
近年では、スマホ依存やSNS疲れなど「デジタルストレス」と呼ばれる新しいストレス源も登場し、若年層におけるメンタル不調が深刻化しています。調布市の調査(*1)では、中高生の62.8%が日常的にストレスを感じているという結果が示されており、「ストレス=大人の問題」という時代は過去のものになりました。
便利で豊かな社会に見えても、心の余白が削られ、自己回復力が低下している現代。私たちは、日常の中で意識的に「心身を整える時間」を持つ必要があります。ストレスマネジメントはもはや選択肢ではなく、「現代人の必須スキル」なのです。
ストレスの正体と脳・身体への影響
── 交感神経の過緊張とその代償
ストレスは単なる「気持ちの問題」ではありません。医学的には、外的・内的刺激に対する生体の適応反応を指し、脳・神経・ホルモン・免疫など多岐にわたる影響をもたらします。たとえば仕事のプレッシャーや人間関係の悩みなどは、交感神経を優位にし、アドレナリンやコルチゾールといったホルモンを大量に分泌させます。
この状態が長く続くと、睡眠障害、集中力の低下、消化不良、免疫機能の低下、さらには高血圧や糖尿病などの生活習慣病にまで影響を及ぼします。また、ストレスによって脳内で「扁桃体(恐怖や不安に反応する部位)」が過剰に反応することで、前頭前野(理性や判断力を司る部位)の働きが抑制され、思考力や感情のコントロールが困難になります。
こうした「脳のストレス反応」は、最近ではfMRIなどの神経画像研究によって可視化されるようになっており、「ストレスは目に見えないけれど、確実に脳と身体を蝕む現象」であることが科学的に証明されています。したがって、適切なストレス対策やメンタルケアを行うことは、健康寿命の延伸だけでなく、日常のパフォーマンス向上にも不可欠です。
働く人とメンタルヘルスケア
── 組織におけるストレス対策の進化と課題
働く人々にとって、メンタルヘルスの問題は決して他人事ではありません。近年、多くの企業が「働き方改革」や「ウェルビーイング経営」に取り組む背景には、職場ストレスによるパフォーマンス低下や離職率の上昇といった実務的課題があります。厚生労働省の調査(*2)によれば、2015年時点でメンタルヘルス対策を実施している企業は約60%にのぼり、従業員100人以上の企業に限ればその割合は90%を超えています。
これは、過去にメンタル不調による長期休職や退職が経営に与えた影響の大きさを物語っています。『メンタルヘルス経営学』(金子書房)の中でも、組織内でのパフォーマンスを支える3要素として「共感性(SYMPATHY)」「技能(SKILLS)」「健全性(HEALTH)」が挙げられていますが、これらの土台を成すのが「心身の健全性」なのです。
しかしながら、多くの職場では「メンタルケア」が先行し、身体的な健康管理(フィジカルヘルス)が後回しにされがちです。本来、心と身体は密接に連動しており、どちらか一方のケアだけでは十分ではありません。身体のコンディションを整えることは、心の回復力を高め、結果的にメンタルヘルスの土台強化につながるのです。
ヨガが導く自律神経の調和
── ストレスに効くヨガの科学的効能
「ヨガ」と聞くと、ポーズ(アーサナ)のイメージが強いかもしれませんが、実際には呼吸法(プラーナーヤーマ)や瞑想(ディヤーナ)を含む総合的な心身調整法です。近年では、ストレスや不安の軽減、うつ症状の緩和、自律神経の調整といった科学的エビデンスが多数報告されており、「ストレスマネジメントツール」として医療や教育の現場でも活用が広がっています。
たとえば、呼吸をゆっくりと深く行うことで、迷走神経が刺激され、副交感神経が活性化します。これにより心拍数が下がり、心身がリラックスモードへと切り替わるのです。また、瞑想による「注意の制御訓練」は、脳内の前頭前野と帯状回の活動を高め、思考の柔軟性と感情の安定を促します。
ヨガのもう一つの利点は、「自分自身の感覚に丁寧に気づく」習慣を育てること。現代人は外部の刺激にばかり意識を向けがちですが、ヨガを通じて内側へ注意を向けることで、セルフモニタリング能力が向上し、早期にストレスの兆候をキャッチできるようになります。これこそが、現代社会においてヨガが果たす最も重要な役割なのです。
セルフケアというライフスキル
── “自分を思い出す時間”を日常に
ストレスマネジメントにおいて最も重要なのは、「今、自分がどんな状態か」に気づく力です。これは「気づきの力=マインドフルネス」であり、ヨガの実践はその気づきを養う場でもあります。社会的に成功している人ほど、実はこうしたセルフケア習慣を大切にしているのは偶然ではありません。
忙しい現代において、自分を労わる時間はつい後回しにされがちです。しかし、ほんの5分の呼吸観察や、週に1回のヨガの時間が、心と身体に驚くほど大きな影響をもたらします。セルフケアとは「甘え」や「逃げ」ではなく、「自分の機能を最大限に発揮するための準備行動」なのです。
自分に戻る時間を日常に組み込みましょう。ヨガは単なる運動ではなく、「生き方を整えるための実践」です。誰にでもできて、どこでも実践できる——だからこそ、今この瞬間から取り入れられるのです。
【参考文献】
1. 調布市 (2012), 調布市民の健康づくりに関する意識調査報告書
2. 厚生労働省 (2015), 労働安全衛生調査
3. 山崎友丈・日向寺治彦 (2012), メンタルヘルス経営学
4. Streeter, C.C. et al. (2012). “Effects of Yoga on the Autonomic Nervous System, Gamma-Aminobutyric-Acid, and Allostasis.”
5. Goyal, M. et al. (2014). “Meditation Programs for Psychological Stress and Well-being: A Systematic Review and Meta-analysis.”






