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ヨガのゆっくりした呼吸を12週間続けると血圧は下がるのか? ─ 呼吸の長さと自律神経の変化を調べた研究

記事作成日
2026年8月1日
「呼吸をゆっくりすると、自律神経が整う。」
ヨガの世界では、ずいぶん前からそう語られてきました。
たしかに、慌ただしく浅い呼吸をしているときよりも、静かで長い呼吸をしているときの方が、僕たちの身体は落ち着いているように感じます。吐く息を少し長くすると、肩の力が抜けたり、頭の中の速度がゆっくりになったりする人もいるでしょう。
ただし、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
呼吸法によって身体に変化が起きたとき、それをすべて「自律神経が整ったから」と説明してよいのでしょうか。
今回紹介する研究では、99人の健康な成人が、ヨガを基礎としたゆっくりした呼吸を12週間続けました。最初から極端に呼吸を遅くするのではなく、その人が苦しくならない範囲で、少しずつ呼吸数を減らしていきます。
1週目には1分間におよそ6回だった呼吸が、12週目には平均して約3回になりました。かなりゆっくりした呼吸です。
その結果、参加者全体では、上の血圧が平均2.4mmHg、下の血圧が平均1.6mmHg下がりました。
さらに興味深いのは、もともと血圧が少し高かった人たちです。この人たちでは、上の血圧が平均10.3mmHg下がりました。
もちろん、この数字だけを見て、「呼吸法は薬と同じくらい効く」と結論づけることはできません。この研究には、呼吸法を行わない比較対象のグループがないからです。
それでも、呼吸という、誰もが毎日行っている行為を少し丁寧に練習することで、血圧が変わる可能性が示されたことには、大きな意味があります。
そして、僕がこの論文で最も面白いと思うのは、血圧が下がったにもかかわらず、心拍変動から評価した自律神経には、明確な変化が見られなかったことです。
これは、呼吸法に効果がなかったということではありません。
むしろ反対です。
身体には変化が起きているのに、僕たちがいつも使っている「自律神経」という説明だけでは、その変化を十分に捉えられなかったのです。
血管そのものが広がりやすくなったのかもしれません。腎臓による水分や塩分の調節が変わったのかもしれません。あるいは、日々の呼吸練習によって、睡眠や行動、食事、ストレスへの反応が少しずつ変化した可能性もあります。
身体は、一つの仕組みだけで動いているわけではありません。
また、この研究では、「吐く息を長くした方が効果的」という明確な結果も得られませんでした。
ヨガの指導では、吸う息よりも吐く息を長くすると副交感神経が働きやすい、と説明されることがあります。しかし、少なくとも今回の血圧変化については、吸う息と吐く息を同じ長さにしても、吐く息を長くしても、大きな違いはありませんでした。
大切なのは、理想的な秒数に身体を押し込めることではなく、自分にとって無理のない呼吸を、丁寧に繰り返すことなのかもしれません。
ヨガでは、ときどき技術が目的になってしまいます。
何秒で吸えるか。
どれだけ長く吐けるか。
どれだけ呼吸を止められるか。
けれど、呼吸法は本来、自分の身体を支配するための競技ではありません。今の身体がどのくらいの呼吸を心地よいと感じるのかを観察し、その範囲を少しずつ広げていく実践です。
この論文は、呼吸法の可能性を示しながら、同時に「まだ分かっていないこと」をきちんと残しています。
呼吸をすれば、必ず自律神経が整うわけではありません。
吐く息を長くすれば、必ず効果が高まるわけでもありません。
それでも、急がず、無理をせず、身体の反応を観察しながら続ける呼吸には、血圧を含めた身体の調節を支える可能性があります。
ヨガを過度に神秘化せず、しかし単なる体操にも縮小せず、身体の複雑さを尊
下記、研究の要約まとめです。
Blood Pressure and Autonomic Changes From 12-Weeks of Yoga-Based Slow Breathing Exercises
Gamboa A, Nian H, Smith EC, Paranjape S, Abraham R, Diedrich A, Bossart C, Birdee G. Blood Pressure and Autonomic Changes From 12-Weeks of Yoga-Based Slow Breathing Exercises. Glob Adv Integr Med Health. 2025 Sep 25;14:27536130251380265. doi: 10.1177/27536130251380265. PMID: 41019836; PMCID: PMC12464420.
【タイトル】
12週間のヨガに基づくゆっくりした呼吸運動による血圧および自律神経の変化
【背景】
高血圧は、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患に関係する重要な健康問題です。しかし、降圧薬には副作用や服薬継続の難しさがあり、食事や運動などの生活習慣改善についても、長期的な実践が難しいという問題があります。
そこで注目されているのが、薬を使わずに取り組める「ゆっくりした呼吸」です。研究上、ゆっくりした呼吸は、一般的に1分間に10回未満の呼吸として定義されています。
ゆっくり呼吸すると、胸腔内圧の変化や肺の伸展受容器、動脈圧を感知する圧受容器などが刺激され、脳幹を介して迷走神経活動が高まる可能性があります。その結果として、交感神経活動が抑えられ、心拍数や血圧が低下すると考えられてきました。
また、ヨガの呼吸法であるプラーナーヤーマでは、吸う息と吐く息の長さを調整します。特に「吸う息より吐く息を長くするとリラックスしやすい」という考え方がありますが、この呼吸比率が長期的な血圧変化に影響するかどうかは、十分に検証されていませんでした。
この研究では、ヨガを基礎としたゆっくりした呼吸を12週間続けたとき、血圧と自律神経機能がどのように変化するかを調べています。さらに、吸気と呼気を同じ長さにする方法と、呼気を長くする方法の効果も比較しています。
【ヨガに基づくゆっくりした呼吸について】
この研究における「ヨガに基づくゆっくりした呼吸」とは、単に機械的に呼吸回数を減らす方法ではありません。
参加者はヨガ指導者から個別指導を受け、自分にとって苦しくない範囲で、徐々に呼吸を遅くしていきました。一般的な呼吸研究では、1分間に6回などの一定速度を全員に指定することが多いのですが、この研究では、それぞれの参加者が快適に続けられる最も遅い呼吸へ段階的に近づいています。
研究開始から1週目には平均して1分間に約6回、12週目には約3回まで呼吸数が減少しました。一部の参加者は、1分間に3回未満の非常にゆっくりした呼吸を行えるようになっています。
ここで重要なのは、「遅ければ遅いほどよい」と結論づけた研究ではないことです。あくまで個人の耐容範囲に合わせ、12週間かけて段階的に練習した結果です。
また、参加者は12回中平均10.7回の指導に出席し、自宅でも週平均4.8回練習していました。つまり、この研究で観察された結果は、呼吸法を一度体験しただけではなく、比較的高い頻度で継続した場合の結果です。
【心拍変動と自律神経機能について】
心拍変動、英語ではHeart Rate Variability、略してHRVとは、心拍と次の心拍との間隔に生じる細かな変化のことです。
心臓は一定の間隔で完全に規則正しく動いているわけではありません。呼吸や姿勢、感情、血圧の変化などに応じて、一拍ごとの間隔はわずかに変動しています。この変動を分析することで、交感神経や副交感神経による心臓の調節状態を間接的に推測します。
この研究では、心電図や連続血圧測定を用い、心拍変動と血圧変動を周波数ごとに分析しています。特に、高周波成分は呼吸に伴う迷走神経性の調節と関係し、低周波成分や圧受容器反射感受性なども含めて、自律神経機能が評価されました。
研究開始時点では、血圧が高めだった参加者は、正常血圧の参加者よりも心拍変動の高周波成分が低く、心臓に対する副交感神経性の調節が相対的に弱い可能性が示されました。
しかし、12週間の呼吸練習後には、血圧は低下したものの、心拍変動や血圧変動の周波数解析では統計的に有意な変化が確認されませんでした。血圧低下量と自律神経指標の変化量との間にも、明確な相関は認められませんでした。
したがって、「ゆっくりした呼吸によって迷走神経が高まり、その結果として血圧が下がった」と、この研究だけから断定することはできません。
【呼吸と心拍変動と自律神経機能、ヨガの関係について】
この論文の主要なキーワードは、ヨガ、プラーナーヤーマ、ゆっくりした呼吸、血圧、心拍変動、自律神経、迷走神経、圧受容器反射、吸気と呼気の比率です。
ヨガとの最も直接的な関係は、プラーナーヤーマにあります。プラーナーヤーマは、呼吸の速度、深さ、比率、停止などを意識的に調整する実践です。この研究では息止めは中心に置かれず、呼吸数を徐々に減らす方法と、吸う息と吐く息の比率が検討されました。
参加者は、次の二つの方法に無作為に分けられています。
一つは、吸う息と吐く息を同じ長さにする方法です。もう一つは、吸う息よりも吐く息を長くする方法です。
ヨガや現代の呼吸指導では、吐く息を長くすると副交感神経が優位になり、より深くリラックスできると説明されることがあります。しかし、この研究では、血圧、自律神経指標、心理的ストレスのいずれについても、吐く息を長くしたグループの明確な優位性は示されませんでした。
これは「吐く息を長くすることには意味がない」という結果ではありません。今回の対象者数、測定方法、期間では、二つの呼吸比率の間に統計的な差を確認できなかったということです。
ヨガ指導の観点から見ると、呼気を長くするという形式そのものよりも、苦しさを感じず、注意を保ちながら、規則的な呼吸を継続することの方が重要である可能性があります。
また、血圧低下が心拍変動の変化によって説明できなかったことも重要です。ヨガの効果をすべて「自律神経が整ったから」と説明するのではなく、血管内皮機能、腎臓による体液調節、塩分代謝、酸化ストレスなど、別の生理学的経路も考える必要があります。
【方法】
研究対象は30歳から60歳までの健康な成人99人です。高血圧と診断されている人や降圧薬を服用している人、心疾患、糖尿病、腎疾患、呼吸器疾患、一定の精神疾患などを持つ人は原則として除外されています。
最初の2週間は、参加者が呼吸法を継続できるかどうかを確認する期間として設定されました。この期間に週3回以上練習し、1分間に3〜8回程度の呼吸ができた参加者が、その後の10週間の介入に進みました。
参加者は、吸う息と吐く息を同じ長さにするグループと、吐く息を吸う息よりも長くするグループに無作為に振り分けられました。
ヨガ指導者による30〜45分程度の個別指導を受けながら、12週間にわたり、無理のない範囲で呼吸数を徐々に減らしました。自宅でも日常的に練習するよう指示されています。
血圧と自律神経機能の検査は、介入前と12週間後に実施されました。検査は朝の空腹時に行われ、参加者は少なくとも30分間、仰向けで静かに休んだ後に測定を受けています。
血圧については95人、自律神経検査については91人の完全なデータが解析されました。研究の流れは論文3ページの図1に示されています。
なお、この研究には、呼吸練習を行わない対照群がありません。もともとはストレスへの効果を調べた臨床試験のデータを用いて、血圧と自律神経について追加解析した研究です。
【結果】
参加者全体では、12週間後に収縮期血圧が平均2.4mmHg、拡張期血圧が平均1.6mmHg低下しました。
特に変化が大きかったのは、研究開始時に収縮期血圧が120mmHgを超えているか、拡張期血圧が80mmHgを超えていた11人です。この参加者では、収縮期血圧が平均10.3mmHg、拡張期血圧が平均3.8mmHg低下しました。
また、開始時の収縮期血圧が高い人ほど、12週間後の収縮期血圧の低下幅が大きい傾向が認められました。論文5ページの図2では、正常血圧群と血圧高値群の双方で、介入前後の血圧変化が示されています。特に血圧高値群では、収縮期血圧の低下が視覚的にも大きく表れています。
一方で、吸気と呼気を同じ長さにしたグループと、呼気を長くしたグループの間には、血圧低下量の有意差はありませんでした。
心拍変動、血圧変動、圧受容器反射などの自律神経指標にも、12週間後の有意な変化は認められませんでした。さらに、血圧が大きく下がった人ほど自律神経指標が改善していた、という関係も確認されませんでした。
呼吸練習に関連する重篤または中等度の有害事象は報告されていません。
なお、血圧の基準値については、論文の要旨および本文では全体平均105/67mmHgと記載されていますが、表1の座位血圧は109.8/73.8mmHgと記載されています。異なる測定場面または集計値が併記されている可能性がありますが、論文中で詳細な説明は示されていません。
【考察】
この研究は、ヨガを基礎としたゆっくりした呼吸を12週間続けることで、血圧が低下する可能性を示しています。
特に、もともとの血圧が高めだった参加者では、収縮期血圧が約10mmHg低下しており、臨床的にも注目に値する変化です。研究者らは、この低下幅が過去の呼吸法研究のメタ分析で報告された平均値よりも大きく、一般的な単剤の降圧薬に匹敵する可能性があると述べています。
ただし、この解釈には注意が必要です。
最大の限界は、呼吸練習をしない対照群が存在しないことです。血圧は測定時の緊張、生活習慣、睡眠、季節、測定への慣れなどによって変化します。開始時に偶然高かった血圧が、次の測定で平均値に近づく「平均への回帰」も考えられます。
また、血圧高値群は11人しかいません。しかも、高血圧患者を対象とした研究ではなく、基本的には健康な成人を対象とした研究です。したがって、診断済みの高血圧患者にも同じ効果が得られるとは限りません。
もう一つ重要なのは、血圧が下がったにもかかわらず、心拍変動による自律神経指標が変化しなかった点です。
ゆっくりした呼吸の効果は、しばしば「副交感神経が優位になるから」と説明されます。しかし、この研究は、その説明だけでは十分ではない可能性を示しています。
考えられる理由として、心拍変動の周波数解析では自律神経の変化を十分に捉えられなかった可能性があります。また、血圧低下には自律神経以外にも、血管内皮機能、酸化ストレス、腎機能、塩分代謝などが関係している可能性があります。
さらに、吐く息を長くする方法が、吸う息と吐く息を同じ長さにする方法より優れているという結果は得られませんでした。少なくとも血圧管理という点では、「吐く息を長くすること」よりも、「快適な範囲で呼吸を遅くし、継続すること」が重要である可能性があります。
【結論】
12週間のヨガに基づくゆっくりした呼吸練習は、健康な成人の血圧低下と関連していました。
特に、開始時の血圧が高めだった参加者では、収縮期血圧が平均10.3mmHg、拡張期血圧が平均3.8mmHg低下しました。
一方で、心拍変動などから評価した自律神経機能には有意な変化が認められず、血圧低下の仕組みは明らかになりませんでした。また、吐く息を長くする呼吸法と、吸う息と吐く息を同じ長さにする呼吸法との間にも、明確な差はありませんでした。
この研究は、ゆっくりした呼吸が血圧管理を補助する可能性を示していますが、対照群がないことや、血圧高値者が11人と少ないことから、治療効果を確定するものではありません。今後は、高血圧患者を対象とした、より大規模なランダム化比較試験が必要です。
引用文献は下記よりご覧下さい.
もし、掲載内容と論文に誤りがございましたらご連絡いただけると幸いです。

