
Column
「春のだるさ」は本当に季節のせいなのか ─ 睡眠・呼吸・生活リズムを見直す視点
記事作成日
2026年4月5日
春になると、なんとなく整わない
春になると、なんとなく身体が重い。
朝は起きづらく、日中は眠く、気分まで少しぼんやりする。そんな時に、「これは春のだるさですね」と言いたくなることがあります。
たしかに春は、気温の揺れ、花粉、生活環境の変化など、心身のリズムが乱れやすい季節です。けれど2026年の研究では、「春だけ特別に疲労や眠気、不眠が増える」という明確な証拠は示されませんでした。つまり私たちが“春のだるさ”と呼んでいるものの中には、季節そのものだけでなく、睡眠、呼吸、光、生活リズムの乱れが含まれている可能性があるのです。
だからこそ大切なのは、「春だから仕方ない」で終わらせないことです。
今回のコラムでは、“春のだるさ”を季節の一言で片づけず、自分の身体で何が起きているのかを丁寧に見直すための視点をお届けします。
研究が示したのは、「春だけが特別」という明確な証拠の弱さ
2026年にJournal of Sleep Researchで公開された研究では、418人の成人を約1年にわたって繰り返し追跡し、疲労感、日中の眠気、不眠症状、睡眠の質が季節や月によってどう変わるかが調べられました。その結果、春にだけ特別に疲労や眠気、不眠が増えるという明確な証拠は見つかりませんでした。一方で、参加者の47%は「春のだるさ」を自覚していたと報告しています。著者らはこのギャップについて、文化的ラベリングや認知的な受け取り方の影響を示唆しています。
この研究は、「春の不調なんて気のせいです」と言っているわけではありません。そうではなく、“春だけの特別な症候群”として一括りにするには、科学的には慎重でいたほうがいいと教えてくれているのです。ここはとても大事ですね。
僕はこの視点にかなり価値があると思っています。不調に名前がつくと、私たちは少し安心します。けれど、その名前が便利すぎると、観察が止まってしまうこともあります。「春だから」で終わらせる前に、自分の身体の中で何が起きているのかを丁寧に見たほうが、整え方はずっと見つかりやすいんですね。
見直したいのは、季節そのものより“条件”です
実際には、春の不調の背景には、もっと具体的な条件が重なっていることがあります。
たとえば睡眠です。NHLBI(*)によれば、私たちの睡眠と覚醒は体内時計、つまり概日リズムに強く支えられていて、光と暗さがその調整に深く関わっています。朝の光、夜の暗さ、人工光、覚醒刺激。こうしたものが積み重なって、「眠れる身体」や「目覚める身体」がつくられていきます。人工光やカフェインは、この調整を乱す要因にもなります。
さらに春は、花粉や鼻炎の影響が出やすい時期でもあります。アレルギー性鼻炎と睡眠の質低下、睡眠障害、日中の眠気との関連は、系統的レビューや関連文献でも報告されています。つまり、「春だからだるい」というより、春に起きやすい条件が、睡眠や回復を邪魔していると見たほうが、実際には正確なことも多いのです。
ここを雑にしないことが、僕は大切だと思っています。
睡眠時間が足りていないのか。
夜の光が強すぎるのか。
鼻が詰まって眠りが浅いのか。
朝の光を浴びる時間が足りないのか。
忙しさで呼吸が浅くなっているのか。
こういうことを見ずに「季節のせい」としてしまうと、不調の解像度が上がりません。反対に言えば、ここを見直せると、身体は案外素直に変わっていきます。
*: National Heart, Lung, and Blood Institute の略|アメリカ国立衛生研究所(NIH)を構成する研究機関のひとつで、心臓、肺、血液、そして睡眠に関する研究・教育・公衆衛生情報を担っています。
ヨガは“だるさを一括りにしない”ために役立つ
こういう時にヨガが相性がいいのは、何かを劇的に治す魔法だからではありません。むしろ、自分の状態を一括りにしないための時間として役立つからです。
NCCIHによれば、ヨガは一部の集団で睡眠の改善に役立つ可能性が示されています。ただし、その効果は対象によって一様ではなく、他の運動と似た利益にとどまる場合もあります。つまり、ヨガを万能視しすぎるのは正確ではありません。けれど、睡眠、ストレス、身体感覚、生活習慣の見直しを含めて考える時、ヨガはとても扱いやすい実践でもあります。
僕自身が大切にしているのは、ヨガを「頑張るための運動」にしすぎないことです。今日は呼吸が浅いのか、胸や背中が固いのか、頭ばかり働いているのか、鼻呼吸がしづらいのか。そうしたことを、身体を通して静かに読み直していく。その積み重ねによって、「今日はただ春だからだるい」ではなく、「自分はいま、こういう条件で整いにくくなっている」と気づけるようになっていきます。
これは小さな違いに見えて、実はかなり大きな違いです。前者は受け身ですが、後者は整え方につながります。
季節を責めるより、自分のリズムを読む
僕は、「春のだるさ」があるかないかを白黒では考えなくていいと思っています。
春にしんどくなる人は、実際にいます。けれど、そのしんどさを“春という季節の宿命”として片づける必要はないのだと思います。2026年の研究は、春だけを特別視する確かな裏づけは弱いことを示しました。だからこそ私たちは、「季節のせいですね」で終わらせるのではなく、自分の睡眠、呼吸、鼻の通り、光の浴び方、生活リズムの揺れを見直していくことができます。
身体を整えるというのは、無理に元気になることではありません。気合いで乗り切ることでもありません。いまの自分に何が起きているのかを、少し丁寧に読むことです。その読み方が変わると、同じ春でも、感じ方は少しずつ変わっていきます。
春の不調を、季節のせいにしすぎない。
でも、自分の不調を軽くも扱わない。
そのあいだにある静かな観察こそ、僕はとても大事だと思っています。studio Sahanaでお手伝いしたいのも、まさにそういう整え方です。






