51:座禅のすゝめ

51:座禅のすゝめ

ここ最近、なんのご縁か、お寺と神社に関してのお話を伺う機会が多く、久しぶりに仏教経典を出して読んでおりました(と、なんとまぁ渋いメルマガの始まり方になりました…)。知識人ぶって「経典を読む」なんて言ってしまいましたが、仏教に見識があるわけではなく、インドの哲学や宗教観が、大陸を経由して日本にどう伝わったのかという勉強にもってこいなので、「ほぉ、なるほどなぁ」くらいの感覚でしか読めないですし、漢文のままの難しい漢字を見るよりも、括弧()の中に書かれているカタカナのサンスクリット語を見た方が理解が早いくらいなのですが(僕の頭の中には小さなインド人がいるみたいです)。



なので、僕自身は胸を張って「仏教徒です」とは言えないですし、特定の宗派を支持しているわけでもございませんので、色々な仏典を読んで勉強しています。是非とも、皆さまのおすすめの仏典を教えていただければ幸いです。と、なんだか「おすすめの本を教えて下さい」と同じ感覚で聞いてしまいましたが、すごいワードですよね、「おすすめの仏典」って…。



そんな昨今は、マインドフルネスやZenがブームだったりするわけですが、皆さんは、座禅を経験されたことはありますか?じっと座るために足が痺れたり、難しそうだったりと、なかなかお堅いイメージで、取っつきにくいですよね…。以前、鎌倉でヨガやアーユルヴェーダの講座を受け持っておりまして、それがきっかけで「座禅をしてみたらどうか?」と、その頃は鎌倉のお寺に座禅をしに行っていました。



もちろん一般向けの座禅なので、宗派による流儀はあまり関係なく、その時に担当してくださる僧侶の方によって、簡単な指導を受けられるものです。初めての時に担当してくださった僧侶の方の指導は、「難しくない座り方で姿勢を正し、1mほど先の床に視線を落とし、そこを半目で見るように」座っていると、「皆さんの周りを巡回するので、眠気に襲われたり、気持ちを整えたい時には警策(お坊さんが手に持っている棒ですね)で肩を叩きますので、合掌して合図をください」とのことで、ウトウトしているところをお坊さんに肩をペチンと叩かれる訳ではなく、あくまで“自分で気持ちを入れるために”と、いわゆる挙手制でした。



初めての座禅に、最初はドキドキワクワクしていた僕も、いざ始まると、お寺の空間や参加者の方々の良い雰囲気のおかげで、スッと座禅に意識が向いていたのですが、僕の隣に座られていた方が、お坊さんが目の前に来るたびに合掌をされるんですよね。かなりの頻度で隣からは「ペチン」「ペチン」と聞こえてくるわけでして、「(これは、こういう状況でも座禅に意識を向けられるのかを試されているのか…?)」とか考えたり、「(隣の方は、なにか違う目的で来られているのではないか…?)」とか考えてしまい、自分もまだまだ修行が足りないと思った経験があります。



座禅にもいろいろとやり方があるようですが、「何もしないために座禅を組む」という考え方もあるらしく、この考え方は僕も好きです。家でゆっくりとしようと思っても、家事に気が取られたり、ついつい携帯を手に取ってしまったりと、なかなか休まらないことはないですか。そんな時に、「何もしない」「何もできない」ために、座禅(お尻の下に座布団やクッションを敷いた胡坐でいいんです)をしてみるのも良いかもしれませんね。


Sahanaメルマガ vol.176(2021年2月)より

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